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鍛金

鍛金という言葉について。

鍛金とは、金鎚で金属を叩いて工芸品を作る技法の事を指します。その中には、板を叩いて絞る技法や、鉄の塊を熱して真っ赤にして叩く鍛造も含まれてます。(鍛造をやられている方は鍛金とは言わずにそのまま鍛造といったりもするので、鍛金は絞りのニュアンスの方が強い気がします)

その事からわかる様に、鍛金という言葉は金属工芸の技法の1つでしかありません。他には彫りの彫金、鋳造の鋳金があります。彫金や鋳金からしてみると、知名度は遥かに低く、知っている人はもちろん、聞いた事がある人の方が遥かに少ない言葉です。

鍛金の伝統的工芸は、東京銀器です。東京には、銀器を作る文化が昔からあるそうなのですが、残念ながらそんなに盛んにあるのかしら?というのが正直な感想です。浅草に、有名な銀器屋さんもありますがそれが地場産業としてなりたっているのかと言われると、他の伝統的工芸から比べると今ひとつピンときません。どこかに盛んな地域がございましたら教えて下さいませ。

やっている私が言うくらい、鍛金で作られた物は身近では無いという事です。(スピニングという機械加工されたものに金鎚の跡を付けただけのものはたまに見ますが)
昔は、鍋などは鍛金で作られていたのでしょうけど、今ではプレスで作られたものが主流です。三越などで、手で絞った銅鍋が置いてはありますが世間一般からどこまで需要があると思われているのか、興味がある所です。

私は、彫金や鋳物の仕上げなどを行う職人さんにお会いした事はありますが、鍛金の職人さんにはお会いした事がございません。燕市の方には大勢いらっしゃるのでしょうか?

しかし、鍛金という言葉と技術はまだ残っています。
どこに残っているのかと言うと、先に書いた美術的工芸品としてです。この分野以外で、鍛金の素晴らしいもの、というものに出会った事がありません。
伝統工芸展や、置物としての鍛金作品。こういう美術工芸品が鍛金という技法をみられる唯一の場所であると感じています。

実際に私が鍛金を勉強をした東京芸大も、課題で基本的な技術を学んだら美術品としての工芸品をつくるのが前提でした。最近は溶接などの技術の発展も有り大きな物も作れる様になり、彫刻との違いは細かい技術の違い、くらいしかなかったりします。
日本の美術系の大学で学べる鍛金は、すべてその様な傾向にあると思います。つまり、鍛金と言う言葉は技法としての鍛金という名前よりも、美術工芸品を作る事、というニュアンスが強いという事です。
工芸という言葉と同様に、鍛金という言葉に感じる曖昧さについて考えるのですが、最近はそういう答えに落ち着いてます。彫金という言葉には、もう少し広いニュアンスを感じます。

もちろん、例外はあると思いますが大筋ではこのような感じではないでしょうか。

鍛金という言葉の曖昧さが気になったのでまとめてみました。

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工芸という言葉について

 工芸、という言葉がどうも曖昧に認識されているので少しまとめてみます。

 日本で工芸というと、やはり焼き物のイメージが強い様で、次に漆や染織、となる。金工木工は、その次あたり。
そして、工芸というと、『伝統工芸』という言葉が一緒になって思い出されます。

 この辺りが一般的な認識で、実はその中でもさらに曖昧に認識されている点があると考えます。

 工芸という言葉は、英語で書くと『craft』となる。『art』ではありません。西欧では、この違いははっきりしています。根本的に、工芸は『用』、つまり使える物かどうか。それに対して純粋芸術『fine art』がある。西欧では、純粋芸術の方が格式が高いとされています。

 日本の『伝統工芸』はどうでしょうか。
 まず、伝統工芸品はみんな日用品ではないの?と言われそうなのだけど、よくテレビで地方の地場産業として紹介されている伝統工芸品は、より具体的に書くと経済産業大臣指定伝統的工芸品の事である。上で書いた、伝統工芸と聞いて思い出されるのがこれです。詳しくはリンク先に書いてありますが、一定の条件を満たした産業について経済産業大臣が認定をしたものです。これに認定されていないものは、伝統的工芸品ではありません。(注、定義の問題であり同じ技法を使った工芸品や他の工芸品も沢山他にもある。)
 勘違いされやすいですが、なんとなく古めかしいもの、が伝統工芸ではありません。

 よく見ると、これは伝統『的』工芸品となっています。

 
 もう一つ、伝統工芸という言葉には側面があります。

 『美術的工芸品』というものです。
 これは、フェノロサの『美術真説』、岡倉天心の『日本美術史』で尾形光琳の作った物が美術史の流れから書かれた事、『稿本日本帝国美術略史』で美術的工芸という節が作られた事(先行するものからその傾向はあった)、また第四回内国勧業博覧会において美術工芸と確立された分野がある事から、明治十年代後半からあった言葉とされます。
 よって、美術品としての工芸品、という物がある事がわかります。

 美術的工芸品という言葉には、伝統という言葉はついていないのですが毎年秋に三越で開催される伝統工芸展は、まさにこの美術的工芸品の展覧会で、そんな事もあって伝統工芸という言葉が広く、曖昧に認識されているように思います。

 基本的に、美術的工芸品としての伝統工芸品も、『用の美』を追求しており、日用品として使う物が前提となってます。
 
 ここで、金工仲間の間でもしばし話題になるのが『置物』は工芸品か否か。

 例えば、明治の大御所、鈴木長吉のこの十二の鷹
 
 用の要素はありません。伝統工芸どころか、工芸品でもないのでしょうか?

 明治の彫金家、海野勝ミン(王偏に民)の弟弟子に師事された方に、美術工芸品は床の間に飾れるもの、と言われた事があります。定義論は答えが出し難いのですが、それが一つの定義であるなら工芸品になると思います。むしろ、最近の家には床の間がなかったりするのでそれでは逆に美術工芸品は作れなくなってしまうのですが。

 この辺の話を元に、次は鍛金という物について書いてみたいと思います。

 
プロフィール

Kohei Yoshida

Author:Kohei Yoshida
金属工芸家
http://koheiyoshida.com/

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